証拠

2001年5月8日
今日は2号のアレルギーの薬が切れたので、かかりつけの小児科へ。

なんかもうダルダルなのでタクシーを使いました。帰りはバス・電車の公共交通機関を堅実に使おうと思ってたら、2号の靴忘れてました。
アホですか。そうですか。

まあ経過は良いようで薬が1種類減りました。しかし昨日の後遺症でなんもしてないのに診察室で泣き喚く2号。苦笑する先生。

「中耳炎で切開した後ってみんなこうなんだよねー。」

チビは幼稚園の延長保育に預けました。迎えの時間は18時。さあ何をしてやろうか。とりあえず眠ろうか。
しかし世間は許してくれない。宅配、ストーブの修理、飛行機のキャンセル待ち連絡、友達、回覧板....10回の電話と7回の留守電。3回の訪問。

「ルルルルルルルルーーーーッ」「ピンポーン」

1種類飲み薬が減っても、中耳炎の併発でさらに薬漬けの2号。2種類の塗り薬。2種類の粉薬。シロップ。点眼薬。点耳薬。これを1日3回。
夜、全部飲んだところで盛大に吐かれて思考が止まりました。

「ゲホゲホゲホッゴホッ」

しかしなによりかによりこの片付いてない部屋と三食の料理が苦痛です。いえ、ロクなことはしてません。してないことが苦痛なのです。

自分の無能さの証拠が目の前に常に転がってるってのはどーにもつらいもんです。



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